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『ないしょの放課後』

松之江市民体育館の、一面しかない屋外バスケットコートを、その日は二人の男女が占領していた。
またひと組、遅れてきた小学生グループが恨めしそうにコートを睨んでいく。
「えいっ」
バスケットボールがリングに嫌われて、てんてんと転がっていった。
「すげー下手!」
子供たちは知らない。
すげーバスケが下手なその少女――周防美鶴は、日本経済の巨魁、周防グループの令嬢であることを。
知ったからといって、何がどうとも感じなかっただろうが。
ヒヤヒヤしていたのは傍らの少年の方だ。

「うぅ……」
遠慮のない罵倒は、しっかり当人の耳に聞こえていた。

「笑われてしまいました。悟さん、わたくしの何がおかしいのでしょうか?」
美鶴の表情は真剣そのもの。
対する「悟」と呼ばれた少年は、絵に描いたような苦々しい顔で腕を組んでいた。
「のこのこついてきておいて、言えたことではないかもしれませんが」
「はぁ」
「……俺はいつ、バスケが得意ってことになったんでしょうか?」

(ばすけっとぼーるをご教授ください)
その言葉が事の発端。
普段ほとんど接点もない超有名人である美鶴に呼び出され、何が起きるのかとヒヤヒヤしていればそれだ。
よくわからないままうなずいてしまった。
それが失敗だったと悟は心から思う。

「わたくし、悟さんの他にこのようなお願いができる方に心当たりが……」
あからさまに気乗りしていない様子に、美鶴の頭が垂れていく。
それはそれで、悟にとってはおおいに困る状況だ。
下手をすれば、彼女を影として支える豪腕の「じいや」が飛んできかねない。
あるいは、こうしている今も陰ながら―――。
「ウチのクラスで飼ってるゴリラが一匹いまして、そいつはこの困難な状況を打破してくれるのではないかと」
悟が考え得る、最高の打開案だった。
「いけません」
あっけなく打ち破られた。
「わたくしは遠海さんならばと決めて、このように恥を晒しているのですよ。そのことをおもんばかってください」
そこまで見込まれても――と、悟は口の中でため息をつく。
バスケなんてロクにやったことがない。
体育の授業などでは、コート内を逃げ回ってボールを避けているような人間だ。
「なんで俺?」
口にも出してみたが、美鶴は譲らない。
「球技大会は三日後に迫っているのですよ?」
「そんなに苦手なら、わざわざバスケにエントリーしなくても」
「希望したわけではありません! それに、わたくし運動はおおむね不得手です」
黙るしかなかった。
「最初はテニスを希望したのですが……何故、数にばらつきが。わたくしでなくてもよいではありませんか」
「そんなに思い詰めなくても」
「わたくしが皆さんの足を引っ張るわけにはいきません」
生真面目だなぁ、というのが悟の結論。
周防の家が愛宕学園に持つ影響力を考えれば、自分の主張を無理に通すのは簡単なはずだ。
「やれやれ」
美鶴がそういうことをしない――それどころか、考えつきもしないタイプということくらいはわかっているからこそのため息。
「お手上げという意味でしょうか」
「付き合いますって! 特訓……ん~、左手は添えるだけと聞いたことがあります」
とりあえず、あやふやな知識を披露してみる悟であった。
「こうですか?」
言われて、美鶴は左手をボールに添える。
「それで、シュートを打ってみたらどうでしょうか?」
「………えいっ」
へろへろと放物線を描いたボールがリングに弾かれて、転々と転がっていった。
「すげー下手」と子供の声が聞こえた。

「わたくし、心が折れてしまいそうです」
「球技大会なんてお祭りなんだから! 思い詰めずに、楽しんだ方がいいですよ」
「楽しむ……そうですね」
苦し紛れの悟の言葉に、美鶴は顎を擦って考え顔。
かと思えばパッと表情を輝かせて、
「わたくし、一番、大切なことを忘れかけていました」
目を白黒させている悟の手をとった。
「ありがとうございます、遠海さん。心が洗われる思いです」
「はぁ、どうも」
「それでは、わたくしに楽しむことを教えてください」
見るからに何が起きているかわかっていない、悟の胸にボールが押しつけられる。
「パスですよ♪ お相手をよろしくお願いします、遠海さん」
「えっ? あ、バスケをってことか……って、一対一でやっても」
「よーしっ、とってしまいますからね! それっ」
交錯しかけた身体が、歓声と共に密着したその瞬間……「ぷにっ」という音のない擬音を悟は確かに聞いた。
プッシングでブロッキングで、ついでに言うとトラベリングだった。
あらゆる意味でファールだった。
「悟さん、えいっ、えい」
「うわわわわ……!? やめ、本当にっ」
「どうしました、遠海さん! ゴールはあちらですよ」
「無理! 色々無理ーっ!!」
悟の情けない悲鳴が空に乗った。


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